昭和49年04月13日 朝の御理解
御理解 第81節
「氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。」
特別に張り切ったり致しますと、やはりその後に疲れが出て、やれやれという気がやっぱり誰しも起こります。信心というのはもういつもこう、何というか有り難いものが称え続けられておる。称えられ心の中に称えられておる。という様なものでなかなければならんと思いますけれども、そこが生身を持っております人間の悲しさで、ひとつの事が終わりますと、やはりやれやれという気が起こります。そのやれやれと言う気が起こった時にゃ、もう又元に戻っておるような感じが致しますね。
例えば御本部参拝をさせてもらう。させて頂くまでは張り切ってるね。そして帰らして頂くともう途端にやれやれが出る。実を言うたら帰って来てからが、さぁこれからがおかげを頂くということなのですけどね。こうして皆さん朝参りをする。朝参って来るまでは一生懸命張り切って、まぁいうならいそいそとして、まぁいわばお参りをしてくる。御祈念をする。御理解を頂く。御理解を頂いていわゆる教会の外へ一歩出ると、もうやれやれということになっておる様な事はないだろうかと。
実をいうたら教会を一歩出た所からが、実はおかげを受けなければならんとです、今日のね。その辺のところを私はこれは本当に身について、つけて行かなければいけないなと、私自身もいつもそこで失敗を致します、総ての事でね。大祭もまあ近付いて参りました。大祭を仕えるまでは何か知らんけれど張り切ってる。ところが御大祭を仕え終わると、途端に心が緩むというか、何とはなしにやれやれの心が出てくる。だから大祭を頂いたその頂き終わってからが、大祭の御比礼を浴して。
いよいよ又次の大祭までの信心の稽古の第一歩なのですから、そこん所を大事にして行くことが、いわゆるおかげを大祭の御比礼を受けておかげを受けて行く事になるのだけれども、やれやれ大祭が盛大に無事に済んだというだけで終わって、それで次のおかげの所に代わり映えがない、というような気がするんです。私は今日はこの八十一節というのがね、八十一節というその事が、そんな事を教えてあるような気がするんです。八というのはこう、広がりに広がってというんですかねぇ。
それにプラスしてそのいうならば、大祭なら大祭が終わる迄が八十であるならばです、その次の一節、八十一節、一節がこれからが今度は新たなおかげを頂いていく所の第一歩だという頂き方なんです。朝の御祈念にお参りをして来る。もういそいそとしてお参りをして来る。有り難く御祈念も頂く。御理解もはぁ成程成程と思う様に御理解も確かに頂いておる。けれどもこれでもう朝参りが済んだと思うて、外へ出るともう途端に緩んでおる。実をいうたらそこからおかげの世界の第一歩があるのだというものがね。
身にしみ込んで行かなければいけないように思う。それからがいうならば、おかげの第一歩なんです。ですから「九里半登っても安心してはならぬ」とこう教えられるけども、実を言うたら「十里登り切っても安心してはならない」ということなんです。ここんところはまぁ確かにそういうような場合もありますね。一つの事を願いもうおかげで九分九厘まで出来ましたという意味ではないでしょうかね。「九里半登っても」と仰っておられる。それでもう後はもう出来るもんと。
例えば金銭のお繰り合わせを願ってもそうです。何時何時の支払いそして手当てもでけて、そして貸してもらうなら貸してもらうように話も決まった。けどまだ現金を実際自分が握っておらんまではわからんとじゃからね。向こうがなら貸しもしましょう、使うて下さいとこう言いよるけれども、さぁいよいよ現金をもらう段になったら、それがあなたこんな訳で一寸間違うたもんだから、ということにも成り兼ねないのですから。現金を自分が握って初めて、なら十里を登り切ったところである。
はぁこれで安心したけどもそれでもいかん。現金を握ったからと言うて向こうまで持って行く間に途中で落としたなんていう様な事になってくる。私は日々の信心のおかげを握った落としたという様な事で、毎日繰り返しておる様な事ないだろうかと、これ私自身の事ですけれどもそれを思うんです。私いつも特にこの霊祭を仕えました後ですね、昨日も久留米の井上さん所のご主人の百日祭でしたから、特にあのう霊様のはやはり油断がならんのです実際。言うならば生の電気を扱うように難しいです霊祭は。
ですからもう頂き終ってしもうて、霊様のいい分も又こちらのいい分も、いうたり聞かせたり、又向こうのいい分も例えば聞いたり、それが出来るまではなかなか油断が出来ません。それでその頂いた事を今度はなら又、あのう遺族の方達にお伝えする。お伝えするとですね、いつも参っても心掛けてるんですけど、やれやれが出てるんですね。こりゃもう不思議に。はぁこりゃまだ本当に身がついてない証拠だな、それでこれを伝えてからまた自分の祭主の席に着きました時にはですね、もう緩んでるんです。
これはもう自分でもびっくりする位緩んでるんです。はっと思うてですねあのう副祭主が、あのういうあのう「一揖一拝拍手一拝」という様に申します時に、もう必ずまというて良い位に間違えとるんですこれも私はもう度々に。けれどもこれは厳密にいうてもう一事が万事こういう事じゃなかろうかと。奏楽が鳴りだしてそして太鼓が入って、さぁ今から立たんならんという時にぼんやりしとる時があるです。特にあのそのう霊様のお祭りの時にも申しますように、それこそ生の電気を扱う程しに難しいから緊張してるです。
頂き終わってからです伝え終わってからです、もういよいよお祭りが済んでというて、最後のそこへ座ってからのそれから先のお祭が、何時も乱れるです私は。昨日も本当にあの昨日もおかげ頂いて、乱れかかろうとしてハッとこう気が付いてから、まぁおかげ頂いたんですけれどもね。結局お祭りを仕え終わって装束を脱いで、そして遺族の方達もあちらへ挨拶にみえるまでは、大体は気を抜いちゃならないと思うんですけれどもね。言うなら九里半登って、なら十里登ってしもうたというところからです。
登ってしもうとる。ここでも仰っておられます様に「向こうへ下りたら」と、こう仰るんですからね。十里の道を九里半登っても、安心は勿論でけんです。それで又元の木阿弥になってしまう様な事があるです。今の金借るとと同じ事です、もう貸してもらうことになっとった。まぁ貰いに行くばっかりという時になって、貰いに行ったら、それがもうちゃんと当てにしとったら、こうやって当てが違ごうたという様な事になって、来兼ねないのですからね。
ですからこの辺のところがです、いわば十里登っても、ならまぁだ安心は出来ない。「向こうへ下りたらそれで安心じゃ」と。ということはです、私共は特別に気張らんでもおかげの頂けれるような平常心、平生の信心がこう豊かにそれこそこう溢れるように出来とらなければならんのですけれども、それがなかなか出来ん。そこで出来んから、私は心掛けておかなければならないと思うのです。向こうへ下りたら安心じゃ。今日一日を朝の御祈念に始まって、そして表へ出た途端に心が緩むのではなくてね。
その教会の門を外へ一歩出たそこからおかげの第一歩、おかげを頂くところの第一歩であると分からせてもろうて、そこから一歩が二歩三歩とだんだん昼になり、夕方になり夜になるといういうならば、そうした油断の無い一日を過ごさして頂いてです、初めて夜の御祈念に神様の前に出た時にです、「今日もおかげを頂いて有り難う御座いました」ということが本当に言えるのじゃないだろうか。それにあのう確かに朝参りもした、御理解も頂いた、けれども晩にはそれが一つも身になってもいなければ。
一日の花も咲いていない。そこでいわば「相すまん」とお詫びだけに明け暮れてしまう様な事であってはならない。夜の御祈念に、本当に朝の例えば御教えが一日を通して、その一日の生活の中に生き生きとして生きて現わされて、そしておかげを受けておる。そこからです、「今日もおかげを頂いてありがとうございます」ということになるのじゃないでしょうか。これは確かにそうです。例えば昨日なんかでも、いつもの御初穂なんかが、昨日調べておりましたが、三分の二位しかない。
してみると三分の一の人はおかげを落としとるということになる。もうね御本部参拝をした。もうやれやれという事になってくる訳ですね。惜しいでしょう。これはもう私自身もそう思うです。だからそこんところを大事にしていくという事がです有り難い。いわゆる向こうへ下りる所までを、私は大事にしなければいけない。九里半、十里の道を十里登ったからというて安心は出来ない。
今日私は特に御理解の内容もさることながら、この八十一節というところを、強調して頂いたんです今日はね。八、広がりに広がるというそのうそれに、プラスしていくその第一歩の八十一とはとこういう、さぁねこれからがおかげの第一歩であるというところを、やれやれで疎かにしてしまうでしょう。これは信心さして頂く者は、ようくここんところを心掛けさせて頂いてね。
特に大祭、大祭には皆さんが一生懸命いろんな御用の上にも、様々な心を使うて一生懸命、そして御大祭が終わって、御直会という頃になって来ると、もうやれやれがちいったぁ出てくる。明くる日はガタッと落ちとる。という様なな事でない。もうね御大祭の御比礼を、又次の御大祭のおかげを頂くまでの、い言うならばおかげを受ける第一歩と思うておかげを頂いたらええ。昔御徳の高い先生の所で、記念祭が仕えられた。もう大変なお祭りであった。
そこで総代さんが終わってしもうてから、「先生今日は大変おめでとうございました」と「本当に盛大なお祭りで、本当に御安心が出来ましたでしょう」と言うて、御挨拶申した時にです、「私はもう次の記念祭の事を考えよる」と仰ったそうです。いうならまだ五年も先の記念祭の事を、終わったその瞬間から、もう次の記念祭を如何に仕えるかという事を考えよる、といわれたという事を聞いて、総代さん方が大変感じ入ったというお話を聞いた事があります。やれやれ安心という事はないという事です。
信心を厳密にいうと、その様に私は難しいものというんじゃなくて、それが身に付くまではやはり難しいのじゃないでしょうか。教会の門を一歩外へ出た所からが、実をいうたら一番大事にしなければならない所だという事をですね。それがおかげの、いうならば第一歩であるというふうに頂いたらね、油断なしにそこん所を頂き続けて行く事がでけるのじゃないでしょうかね。
どうぞ。